俳優

GACKT(ガクト)に注目! 生い立ちから現在、本名、巨額ビジネス、KLの大豪邸までまとめました

 

 

GACKT公式サイトより

プロフィール
名前:GACKT(がくと)または神威 楽斗(かむい がくと)
本名:大城ガクト
生年月日:1973年7月4日
出身地:沖縄、育ったのは滋賀県
身長:180cm
血液型:A型
学歴:滋賀県立守山高校卒。京都学園大学中退
職業:シンガーソングライター、俳優
住居:クアラルンプール(マレーシア)

 

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日・英・中・韓・仏の言葉が話せる?

日本語、英語、中国語(北京語)、韓国語、フランス語ができ、『12月のLove song』は4カ国語(日・英・中・韓)で発表しています。

映画「翔んで埼玉」でも、イタリア語、北京語、フランス語、英語でスピーチする場面がありました。

いつもサングラスをかけている理由は、目が弱いためだそうです。


光を調整する機能に問題があり、強い日差しの下だと何も見えなくなるほどだそうです。

 

生い立ち、高校、大学、活躍するまで

生い立ちを調べてみました。。

生まれは沖縄ですが育ったのは滋賀県のようです。

父親がトランペット奏者で、幼い頃から音楽の英才教育を受けたようです。

そのため3歳の頃からピアノを始め、11歳で中断したものの、14歳頃に友人の影響で再開しました。

学校の勉強は好きではなかったようですが、ドラムをたたく先輩が進学校の滋賀県立守山高校にいたため、そこに入りたい一心で猛勉強をして合格。

同校は現在、偏差値69(みんなの高校情報)公立で県下3位。

高校入学後は勉強を怠ったようで、大学は京都学園大学(現在の偏差値は35-40)へ進みました。大学名は、京都先端科学大学に変更されています。

が、中退。

水商売、ディーラー、スタジオの音響などの仕事の傍らドラムのヘルプを続け、京都でYOUとバンド『Cains feel』を立ち上げ、ボーカルを務めました。

人の紹介でMALICE MIZERのManaとKoziに出会い、MALICE MIZERへの加入を決め上京しました。

1995年10月からMALICE MIZERの2代目ボーカルとして活動しました。

1999年1月、 MALICE MIZERを脱け、ソロに。

以後の活躍はよく知られています(最下段Wikipedia引用参照)。

 

GACKTは韓国系というウワサの元

GACKTは在日韓国系ではないかという噂が立ちました。

それは下に記すように韓国との縁が深いことから生じた噂だと思います。

20歳の頃、韓国系の女性と結婚したそうです。

バラードアルバム「LOVE LETTER」、「12月のLOVE SONG」は韓国版をリリースしました。

韓国で「アジアベストロックアーティスト」を受賞。

数年前にGACKT様が初めて彼女だと公表した女性はICONIQ(伊藤ゆみ)さんで、在日韓国人三世です。

伊藤 ゆみ(いとう ゆみ、1984年8月25日 – )は、日本の女優、歌手である。旧芸名、Ahyoomee(アユミ)、ICONIQ(アイコニック)。
鳥取県鳥取市出身の在日韓国人三世。エイベックス・マネジメント所属。韓国のアイドルグループ「Sugar」のメンバー・Ahyoomi(アユミ、아유미)としてデビュー[5]。Sugar解散後Ahyoomee(アユミ)としてのソロ活動を経て帰国し、伊藤ゆみの芸名で日本を拠点に主に女優として活動。ロサンゼルス留学の後、2010年に「わたしが変わる」のキャッチコピーで、ICONIQ(アイコニック)と改名し歌手として再デビュー。2016年より芸名を再び伊藤ゆみに戻して女優業を中心に活動する。ーーWikipedia

それと、韓国武術テコンドーの黒帯を持っているようです。

こうした韓国との縁が、GACKTも韓国系では? というウワサの元になったようです。

 

 

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仮想通貨スピンドルで本名が遂に明らかに!

本名については、ネット上で、大城学(おおしろ さとる)あるいは岡部学(おかべ さとる)とされていました(まだその記述が多い)。

元々は大城姓でしたが、両親の離婚によって岡部姓い変わったとネット上では言われていました。

しかし、ガクト・コインと通称される仮想通貨のSPINDLE(SPD、スピンドル)が昨年5月、世に出た際、それに参画したGACKT自身が明かした本名は、大城ガクトであり、当時「ガクトは本名だったのか」と驚いた人が多かったようです。

 

クアラルンプールに1700平米の豪邸

現在、GACKTが住んでいるのは、マレーシアのクアラルンプール。

1年のうち6割はクアラルンプール、2割が日本だそうです。

クアラルンプールでは1700㎡の豪邸に住んでいます。

敷地内はセグウェイで移動しているそうです。

2019年2月13日、日本テレビ系『今夜くらべてみました』で自宅を公開しました。

2017年には、朝日放送・テレビ朝日系でも公開しています。

2019年5月2日には、フジテレビ系でも公開されています。

日本での住まいは以前は世田谷でした。

現在は目黒と噂されています。

こちらも豪邸で、広さは600平米で、スタジオもあるので、事務所として使用しているようです。

滝が家の中にあり、射撃場やトレーニングルームがあるそうです。

そんな家がありながら、なぜ移住したのでしょうか。

「30代までずっと働き続けていたため、人生を振り返ったら思い出がない! このまま歳をとったらやばい…」

と世界中を旅した結果、

「クアラルンプールは、都市部は清潔。すぐ近くは大自然のジャングルがある」
と目惚れしたそうです。

「30代で背中を悪くしてしまい、寒いと痛むから暖かいところに住みたい」

という理由も述べています。

GACKTは、朝56時くらいに寝て、朝910時に起きるという生活だという。

時間を決めておかないと仕事をし続けてしまうためワーカホリックのGACKT様は、クアラルンプールでは仕事の時間を12時間に限定しているそうだ。

クアラルンプールでの仕事は、不動産ビジネスや投資で、巨額なお金を動かしているという。

日本にいるときから不動産業を営んでいたが、

「日本ではミュージシャンが他のビジネスをやっていると色々言われる」

から、公表していなかったという。

GACKTは本業の音楽以外のビジネスを始めた理由について、フジテレビ系の番組で、次のように語っている。

「30になった時くらいに、音楽の形が変わると思った。世の中からCDが無くなると思ったんですよ。このまま音楽だけにもたれていくと、絶対にミュージシャンは生活できなくなるって如実に感じた」

「それまでのステージの考え方は、CDが売れているのでCDの売れている余白でプロモーションとしてステージをやるってスタイルがほとんどだった。僕はそれ以外にお金をかけてステージをやっていた」

「とにかくお金を稼げる仕事をやんなきゃ、作んなきゃ」

と思い、

「いろんなことを始めたんですよ。見よう見まねで不動産もやりましたし、飲食、カラオケの経営とかそういうのも全部やりました」

▽豪邸の映像(YouTube)

ガクト・コインことスピンドルとは?

スピンドルはICOで約100億円を集め、後に5つの海外取引所に一挙に上場を果たしました。上場したのは、HitBTC、Yobit、BTC-Alpha、Livecoin、Exratesの取引所です。

ICOとは、イニシャルコインオファリングの略で、「新規仮想通過公開」と訳されます。

株ではIPOと言って、Initial Public Offering(「新規公開株」や「新規上場株式」と訳されます)があります。

株を投資家に売り出して、証券取引所に上場し、誰でも株取引ができるようにすることをIPOといいます。

ICOはIPOは似ていますが異なるのは、IPOが上場なのに対し、ICOは企業またはプロジェクトが自らのトークンやコインを発行し資金調達を行う手段だということです。

ガクト:コインはそのICOには成功したものの、上場後には価格は大暴落しました。

上場後の高値は6月1日の4円台ですが、6月25日には1円台を割り込みました。

現在は0.044円(2019年3月12日現在)ですが、これは他のコインもみな下落していますので、ガクト・コインの問題ではありません。

GACKT様は現在、スピンドルには関わっていないという話もあります。

スピンドル公式サイト

 

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海外でもGACKT様は人気

Twitter

 

2002年9月22日 – 北京工人体育場で行われた「日中国交30周年記念コンサート」に出演。
2003年10月2日 – さいたまスーパーアリーナで行われたDream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴに出演。
2005年12月24日 – 自身初の東京ドームライブを決行。
2006年1月14日 – ソウルオリンピックスタジアムにおいて、日本と全く同じ規模と内容のコンサートを行う。
2006年2月28日 – 兵庫県立舞子高等学校の卒業式来校を依頼され、卒業生・在校生の前で未発表曲「野に咲く花のように」を披露[11]。同曲は翌年にCD音源化された。
2007年 – NHK大河ドラマ『風林火山』に上杉謙信役として出演。この時の経験により、大の謙信ファンとなる[12]。
2007年5月25日 – YOSHIKIらと新バンド「S.K.I.N.」を結成し、翌月より音楽活動を開始することを発表[13]。
2007年7月2日 – 6月20日にリリースした「RETURNER 〜闇の終焉〜」にて、自身初のオリコンシングルチャート初登場1位を獲得。
2007年11月14日 – 人民大会堂で行われた「日中国交35周年記念コンサート」に出演。日本語と中国語で「12月のLove song」を披露。
2008年4月23日 – ハリウッド映画『BUNRAKU』に準主役として出演することが決定。
2008年7月31日 – VOCALOID2技術を用い、GACKTの声をベースとしたバーチャルボーカリストソフトウェア「がくっぽいど」が株式会社インターネットより発売される。
2009年6月 – 名称をGacktからGACKTに変更。
2009年8月23日 – 『Animelo Summer Live 2009 -RE:BRIDGE-』に出演。さいたまスーパーアリーナにてアニメ、ゲーム主題歌を熱唱。
2009年11月5日 – 「NEMURI × GACKT PROJECT」発表。初主演舞台『眠狂四郎無頼控』の製作発表記者会見で、来年37歳になることを公表[14]。
2010年7月16日〜24日 – 自身のバンド「YELLOW FRIED CHICKENz」を従え、初となるロンドン・パリ・バルセロナ・ミュンヘン・ボーフムでのヨーロッパツアー【GACKT COMING TO EUROPE 2010 ATTACK OF THE“YELLOW FRIED CHICKENz”】を開催。
2011年3月12日 – Twitterのアカウントを取得。一ヶ月で60万人を越えるフォロワー数を獲得。翌13日には東北太平洋沖地震に際して著名人の友人(真矢、泉谷しげる)らと共にSHOW YOUR HEART基金を設立し、被災地への救援を呼びかける。
2011年6月9日 – 新生YELLOW FRIED CHICKENzの活動を再開することを、ニコニコ動画の”禁級来日記者発表”で発表する。同時に新メンバーとワールドツアーの発表も行った。新メンバーにはLUNA SEAのドラマー・SHINYA(真矢)、ボーカルのJON(from fade)、ギターのTAKUMI、ベースのU:ZO(ex RIZE)が加わり、ツインボーカル&トリプルギターの新編成となった。
2012年7月15日 – 10月2日 – GACKT原作・脚本・演出・主演舞台『MOON SAGA -義経 秘伝- 』を東京・名古屋・大阪・福岡にて開催。
2012年8月21日 – ニコニコ動画で運営しているブロマガを開始。毎月4のつく日を目安に配信している。
2013年5月11日 – 7月7日 – 99年のソロデビューから現在に至るまで、14年のGACKTの歴史を振り返るベストツアー『BEST OF THE BEST Vol.I』を開催した。
2014年8月8日 – 10月31日- GACKT原作・脚本・演出・主演舞台『MOON SAGA -義経 秘伝- 第二章』を東京・大阪・名古屋 他4都市の全7都市にて開催。
2016年3月19日 – 7月3日 – 自ら「最後になる」と位置付けた『GACKT WORLD TOUR 2016 LAST VISUALIVE 最期ノ月 -LAST MOON- supported by Nestlé』を開催。ーーWikipedia

 

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